ベアーズ略歴

☆彡地元の少年達の熱い思いが形になる〜飛びたて小熊たち〜そして想いは受け継がれる☆彡

1960年代 横川第2公園や横川近辺の空き地では
「こだま食堂」のたけっちゃん(当時、横川界隈の子どもを仕切っていた中学生です)を筆頭に
中学生から小学1年生までの子どもたち
(このグループに代田少年、久保田少年、須毛田少年、影田少年・・がいた事は
今では語りぐさになっている)が徒党を組んで朝から日が落ちるまでボールを追っていた。
そして、空き地や横川第2公園は子どもたちにとっては、大事な遊び場であった・・・・

それから30年たった1995年の夏。
横川第2公園ではボールを追う子どもたちの姿はなく、空き地も無くなり、どこからも子どもたちの歓声は聞こえない・・・・
1997年7月 三篠学区夏季球技大会で横川2丁目子ども会チームの優勝を機に、
横川第2公園において、月1回ではあるが久保田オヤジを中心に1年間を通じてのソフトボール練習が始まる。
1998年秋 久保田オヤジの親友である代田オヤジが参加。
さらに狩野オヤジらが加わり、年間を通して毎週日曜日の練習にパワーアップ。
そして、遂に毎週日曜日の午前中の横川第2公園から子どもたちとオヤジたちの歓声が沸き上がり、
横川第2公園は昔のように活気に溢れる。
このとき、ついに、あの、アメリカ帰りの加来オヤジが颯爽と公園デビュー。
代田マジックにかかったみたいにソフトボールの輪に入ってくる。
2000年7月 三篠学区夏期球技大会において
代田監督、久保田コーチ率いる
「楠横ベアーズ」(楠木1丁目子ども会、横川1丁目子ども会、横川2丁目子ども会の連合チーム)が優勝。
翌8月、西区大会で堂々の3位
★当時の登録選手
【6年】澄川享輔、久保田将司、浅田悠太、中里将志
【5年】宇根大貴、飯倉拓也、坂本陽祐、太閤隆規
【4年】久保田剛史、代田健太郎、坂本桂介、加来勇也、狩野達哉
【3年】原田諭志、武田大暉

この勝利を契機に保護者が大いに盛り上がり、ホテルかげたの屋上ビアガーデンに約70名の親子が集まり、
影田オヤジからの「スポーツ少年団」の紹介により、いよいよ、三篠スタンディング・ベアーズ誕生に大きく歩み出す。
2001年3月 横川会館に保護者、楠木1丁目町内会長、横川1丁目町内会長、横川2丁目町内会長、体協会長などの出席を仰ぎ、
三篠スタンディング・ベアーズの旗揚げ説明会を開催(地域との関わりを強調する)。
2001年4月 練習場所を長年汗と涙の染みついた横川第2公園から三篠小学校に移し、
初代監督代田和良氏初代代表狩野智昭氏のもと、
チーム名も新たに「三篠スタンディング・ベアーズ」(名付け親は臼井誠一郎氏)とし、
広島市スポーツ少年団に加盟し、ソフトボールクラブチームとして発足する。
ちなみに、当時、ユニフォームを作る金銭的余裕が無い状況で、
団員と保護者は全員、名前を刺繍した帽子を揃えることでチームの統一を図った
2002年4月 広島市軟式野球連盟に加盟し、ソフトボールクラブチームから軟式野球クラブチームとして再スタートする。
2003年4月 広島市少年野球協議会に加盟する。
2代目監督に影田監督就任。
2003年7月 2チーム制に移行する。
Aチーム監督 影田監督
Bチーム監督 加来監督
2005年1月 総監督 影田総監督
Aチーム監督 米田監督
Bチーム監督 豊島監督
2006年1月 1チーム制に戻す。
総監督 米田総監督
監督 有田監督
ヘッドコーチ 加来ヘッドコーチ
Jr.ヘッドコーチ 豊島ヘッドコーチ
2007年1月 総監督 米田総監督
監督 倉本監督
ヘッドコーチ 加来ヘッドコーチ
Jr.ヘッドコーチ 杉村ヘッドコーチ
2008年1月 総監督 倉本総監督
監督 西原監督
ヘッドコーチ 福場ヘッドコーチ
Jr.ヘッドコーチ 杉村ヘッドコーチ
2009年1月 総監督 倉本総監督
監督 福場監督
ヘッドコーチ 福場ヘッドコーチ
Jr.ヘッドコーチ 杉村ヘッドコーチ